ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

松果体の活性化

 きちんとした瞑想を習って2年半ほど経過します。その間、瞑想以外のさまざまなことも学びました。その中の一つに松果体の活性化と言うのがあります。最初に「しょうかたい」と聞いた時には「消火隊」じゃあないんだよな。でも、何だろう。その程度の理解度でした。
 松果体を活性化させるための方法論としては瞑想、フッ素を遠ざける、サン・ゲイジング(太陽の凝視)、松果体を活性化させる具体的なワークなどを行いました。

 私は見えない体質です。だからこそ、余計見たい思いが強いです。ただ、根拠はないのですが、松果体の機能はそのままで、眠っているだけと確信するようになりました。松果体は随意筋ゆえ、意識して思いっきり見開くイメージでトレーニングしました。
 このところは絶対に未知の領域に到達できると確信して行っていたのですが、先日、松果体の位置をイメージするメソッドで松果体の視覚に変化が現れました。

 まず、漆黒の闇に入りました。目を閉じているから闇は当たり前と思ったのですが、濃度が異なったのです。瞼の裏の暗闇の世界とは明らかに違いました。後日、思ったのは両目から第3の目にスイッチが切り替わる感じです。
 次に起こったのは身体の震えです。仙骨辺りを中心に最初は小刻みでしたが、コマの歳差運動のように徐々に振動が大きくなり、我慢できないレベルに達し、思わず声を発しました。すると、いきなり満天の星の中にいたのです。すると、あろうことか星は物凄い勢いで私の後ろに遠ざかります。これって、宇宙を超高速で飛んでいるってことなのか。次に星雲や寿命が尽きかける星々。これは実際の宇宙の姿とそっくりと言うわけではないですが、そうとしか見えないレベルでした。その後、六芒星に似た形や光り輝くバブル状の文様。もうわけわからない状態に突入し怖くなり、戻れなくなる恐怖もありました。
 松果体の活性化を意識し始めて1年くらい、毎日のようにワークをし始めてひと月位でここまで到達しました。それで、どうなるのか?どうなるのかが、大切なのではなく、あくまでも体感が大切なのだと思います。深い瞑想時に感じる空に繋がるような感覚、エネルギーワーク時に感じる手先の痺れ、身体が光る感覚。そのような体感と同じです。では、体感の種類が増えたらどうなるのか?そんなことは、分かりません。ただ、私としては体感を伴うことにより理解が進むのを期待しています。百聞は一見に如かずと言います。スピリチュアルは見えない世界です。ですから、百聞は一度の体験に如かず。何を信じれるのかは結局は体験できるかどうかに依存してしまうのだと思います。
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  1. 2017/04/14(金) 16:52:21|
  2. スピリチュアル
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桧枝岐村

 私の周りにはテレビを所持していない人も割といます。私と言えばテレビを持っており毎日観ます。そうは言っても、アカデミックな番組ばかりです。10数年前は動物物、アート物の全ての番組を録画して観ました。それからクラシック音楽関係、「世界ふれあい街歩き」です。いつまで見なきゃいけないのか?と自分に問うほど辛かったです。でも、その答えはそのうち出ました。飽きるまで、でした。つまり、「これは以前にも見たなあ」が頻繁になった時、もしくは番組のレベルが低いと相対的に感じるようになるまで。
そんな私が今、ハマっている番組は「新日本風土記」、それから、そこへの連動番組である「もういちど、日本」です。
 外国語を話せない人は母国語のことを知らない、なんて言われます。確かに比較対象があってこそと気づかせる表現です。ですから「世界ふれあい街歩き」を見て日本人の考え方や気質を相対的に見ました。これは去年卒業しました。
 さて、「新日本風土記」の鑑賞目的ですが、田舎を見ることにより東京を代表とする都会を、古い時代を見、その対照として現代を見るためです。いわば考現学です。

「檜枝岐(ひのえまた)奥会津」これは2017.2.3の放送でした。私にとってはかなり衝撃的に面白く、ちゃんとレビュしたいと思いつつかなり時間が経過してしまいました。

[檜枝岐はどういう場所?]
 檜枝岐と言ってもピンとくる人は少ないでしょう。福島県の南西に位置します。尾瀬の入り口と言えばよいでしょうか。そのせいか、村人の半分以上が民宿や旅館など観光業に携わっています。標高940mの谷あいに200世帯が住んでいます。1年の半分が雪で覆われる日本有数の「特別豪雪地帯」です。限られた農地では山で陽が陰って米は取れません。
[檜枝岐の独立心]
 実は1917年に両隣の村から独立しました。今年が独立100周年です。3KWの水力発電機を購入するために株式会社を設立し、ほぼすべての世帯が株式を購入しました。現在の貨幣価値で二千万円。一世帯当たり10万円です。これで建設資金を賄い自分たちの力で明かりを灯したのことです。村人たちの結束が固いことがこんなエピソードから垣間見えます。それから今でも、年に一度は檜枝岐村民大運動会が行われます。

[落人はどこから?]
 この村の村民の名前には偏りがあります。村人の名前は星が4割、平野が3割、橘が1割。日常では村人同士は名前で呼び合います。実は檜枝岐村は落人たちの隠れ里と言われています。それは墓地のお墓の家紋に見て取れます。星家の墓には石田三成と同じ九曜紋があしらわれており、平野家は平清盛など平家が受け継いできた揚羽蝶。橘家は井伊直弼と同じ御前橘。
 この村は1200年前に星家の先祖がやってきて始まったのです。昔から伝わる星家の家系図に謎めいた文言があったのです。本名「藤原」、仮名「星」。藤原氏が素性を隠し、星を名乗っていたと言うのです。
 星、平野、橘、いずれも南の方から逃れてきた人たちです。言い伝えによると、星家の先祖は奈良時代の朝廷内の争いから逃れてきた人々。平野家は源氏との戦いに敗れた平家の末裔。橘家は戦国時代、織田信長に敗れた楠家の流れ。何れも敵の手を逃れ辿り着いた人々なのです。
 何故彼らはこの地を選んだのか。それは外から檜枝岐を襲ってくる場合、攻めづらい地形だったわけです。何しろ標高940mの山に挟まれた細い長い谷あいですから。そして、これらの人々によって最近まで守り継がれた掟があります。鯉のぼりを立てないこと。犬や鶏を飼わないこと。つまり人がいる気配を感じられないようにすると言うことです。

[その真偽は]
 さて、古文書だけで本当に武士や公家の末裔たちと言えるのかと言う疑問はあるでしょう。しかし、村人たちの話し言葉を聞けば直ぐにでも納得できます。村の民族史によると「綺麗に澄んだ発音」の侍言葉で話すとのこと。これは現在でもそうでした。方言がないだけではなく、言葉遣いが綺麗なのです。老婦人たちの話し言葉は字幕なしでも良く分かりました。村から10kmしか離れていない南会津町の大桃地区の年配の方の話は方言が多く半分くらいしか分かりませんでした。

[200世帯でのベビーブーム]
 村には数年おきにベビーブームが起こります。実は生まれてくる子が寂しくないように母親同士が示し合わせているとのことです。他に同級生がいた方が良いだろうとの思惑らしいのです。

「早く同級生つくって!」
「急げ」
「(同じ学年に)間に合わないよ!」(笑)
「あと1か月あるから大丈夫」

 産み合わせで生まれた同級生の繋がりは村を離れても続きます。檜枝岐村は中学校しかないので、高校は100km離れた会津若松市に通うことになります。ここに檜枝岐村が50年ほど前に村営の寮を作ったのです。親元を離れた子どもたちがこの寮に入るのです。慣れない環境で戸惑ったとき、寮には気心の知れた幼なじみがたくさんいるということです。
[口減らし]
 檜枝岐村の中心部に六体の地蔵があります。江戸時代の半ば繰り返し激しい飢饉が東北地方を襲ったのです。長引く飢餓が人々に過酷な選択を迫りました。働ける人を生き延びさせるのを優先し、母たちは口減らしのためにやむなく我が子を死なせたのです。その命を慰めるために立てられたのが六地蔵でした。このような話は檜枝岐に限らずときおり聞きます。

[]
 村では嫁入り道具をカロウトと言う箱に入れて持ってくる習わしがあったとのことです。自分が死んだときは自らの棺になります。生前に棺を用意する風習が生まれたのは江戸時代です。雪深い冬に死ぬと、棺を作る木を切り出すことが難しかったからと言われています。男も15歳の時にカロウトを作る習わしが昭和30年代まであったようです。
「生まれた以上、死ぬのは当たり前。何度考えても死なないでいる訳にはいかない。えっへへ。」と村の老人は語ります。

 若いうちから死を意識した方が、生を意識するので良いとは思うのですが、現代社会ではことさら死を生活から遠ざけている気がします。

[村民の歌舞伎]
 村には村人自らが演じる歌舞伎があります。春と秋に行われます。村の鎮守の境内に国の重要文化財に指定されている舞台があります。その対面には横に長い階段があり、そこが客席なっており、千人以上が着席できます。自給自足って食べ物ばかりに目が行きますが、檜枝岐では娯楽もそう。

檜枝岐民族史:
この村には飛びぬけた金持ちもいない代わりに極貧者もいない。
誰もが中肉中背で温和で平和に生活を楽しんでいる訳なのである。

 この番組を観終えて色んなことを思いました。国など外に依存しない心や頑なさ。少し、違いますがアーミッシュのことも思い出しました。檜枝岐には逃亡者のような事情があったから外との断然を選ばざるを得なかったのはあるのかも知れません。それでも、彼らの生き様は素敵なものがありました。それは自らの手で自らを治めていく自治の精神です。一つの理想的なコミュニティの姿を見ました。

 私にとってこの回は特に面白いものでした。毎回そうなのではないです。というか、こういう状態ならまだまだ止められないです。

国が何かをしてくれるだろうという依存心が薄いです。
  1. 2017/03/31(金) 14:32:16|
  2. その他
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トッレヴェントのヴィーニャ・ペダーレ

トッレヴェントのヴィーニャ・ペダーレ
【コメント】
 ブルーベリー、プルーンの好ましい香り。そして、タイムに似た香辛料の香り。タンニンも表にはそれほど出ていないがそこそこあり下支えしている。酸の愛らしさが印象的ある。ジューシーな酒質の素晴らしいワイン。品種は土着のネーロ・ディ・トロイア100%、価格は2400円

【相性】
 タンニン、酸もそれなりに感じられるので肉料理に合わせたい。豚、子羊、牛肉が特に良いだろう。スパゲティポモドーロでも悪くはないが出来れば重さを感じる料理が良いだろう。この日はハンバーグステーキに合わせた。

ワイン名:2012 ヴィーニャ・ペダーレ(Vigna Pedale Castel del Monte Rosso Riserva)
生産州:プーリア州
生産者名:トッレヴェント(Torrevento)
輸入業者:株式会社モトックス
  1. 2017/03/20(月) 10:49:52|
  2. ワイン
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シャトー・ドーピアの白

ドーピア白
【コメント】
 ザクロ、パッションフルーツ、ルビーグレープフルーツに似た香り。セージ、白檀、色のある花の香り。やや鋭い酸で揮発性を感じる。柑橘系の白皮の苦み、リンゴの蜜のニュアンス。砂糖のニュアンスも感じる。この価格なら申し分ない品質である。

【相性】
野菜料理から魚、鶏肉、豚肉まで広範囲にあるだろう。出来れば、主菜の魚料理、もしくは豚肉に合わせたい。

価格は1700円、品種はルーサンヌ50%、マルサンヌ50% GK

ワイン名:シャトー・ドーピア ブラン 2015(Chateau d'Oupia blanc)
原産地呼称:A.C.ミネルヴォワ (A.C.Minervois)
生産者名:シャトー・ドーピア(Chateau d'Oupia)
輸入業者:株式会社横浜君嶋屋
  1. 2017/03/10(金) 14:57:30|
  2. ワイン
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ドメーヌ・デュ・ムーラン・カミュのミュスカデ・セーブル・エ・メーヌ

ドメーヌ・デュ・ムーラン・カミュのミュスカデ・セーブル・エ・メーヌ

【コメント】
レモン、乾いた若草の香り。ミネラリーでフレッシュで軽いタッチの酸は柑橘系のそれで、とても気持ち良い。水っぽさは無いのであるが極軽いボディのため、思わず2口、3口続けて飲んでしまう。ほんのり香るアロマが飲んだ後も口中で暫く続く。極々軽いのであるが、とても好感の持てる見事なワイン。

品種はミュスカデ100% 価格は1500円 GG

【相性】
魚を使った前菜かパスタ料理に合わせたい。この日はタラとカリフラワーのスパゲティに合わせた。

ワイン名:ミュスカデ・セーブル・エ・メーヌ・シュル・リー 2015(Muscadet Sevre & Maine sur Lie)
原産地呼称:ヴァン・ド・フランス (Vin de France)
生産者名:ドメーヌ・デュ・ムーラン・カミュ(Domaine du Moulin Camus)
輸入業者:有限会社ヌーヴェル・セレクション
  1. 2017/02/20(月) 22:38:51|
  2. ワイン
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柴田南雄 生誕100年

 日曜日の夜のN響アワーを観たのですが、柴田南雄の生誕100年のコンサートの模様を放映していました。実は初めて聞く名前でした。どうも、武満徹と同時代だったらしく、同じ年に没っしたとのことです。そのせいもあり、知名度が低いのでしょう。
 作曲家とは別に民謡、民族芸能の記録体系化という音楽学者の顔を持っていたようです。作風はロマン主義、前衛、日本の民謡、民族芸能に根差したものと変わったようです。日本では音楽界の知の巨人と言われており、「知識が広く、何を聞いても分からないことが無かった。」と柴田を知る人が語っていました。
 日本では自分の感覚を捉えて感覚的な音楽作品にしていく作曲家が割合としては多く、その代表的なのが武満徹とのことです。柴田南雄の場合は一つの世界観を作って、音楽を作り込んでいく感じです。即興を指定する局面もあるようです。学者肌と言う意味ではブーレーズを思い出しました。

コンサートの演目は以下の3曲でした。

・ディアフォニア
→奏者の即興もある。例えば第1バイオリン内で全員が即興を行う指定がある。

・追分節考
→追分節の旋律を素材として予め20前後(?)用意されている。合唱者はステージのほか、通路も歩きながら歌う。素材の選択とタイミングを指揮者は団扇に描いた文字で歌い手に指示つつ、曲を即興的に構成する。指揮者は予めプランを練ってはいけないらしい。

・交響曲 ゆく河の流れは絶えずして
→8楽章まであります。
1楽章:現代のスタイル
2楽章:バロック風
3楽章:ロマン派
4楽章:後期ロマン派
5楽章:現代音楽
6楽章:合唱(テキストは方丈記を使用)
7楽章:同上
8楽章:同上 最後に第1楽章の主題が回帰。

 聴くと西洋の色んな時代の作曲家の要素が聴き取れるのですが、それは作曲家のパッチワークにはなっていないです。実に素晴らしいものでした。

 ディアフォニア、追分節考も良かったです。不思議なのは初めて聴くのにしっくりくることです。時折、体がゾクゾクしました。理詰めで音を積み上げているのでしょう。池辺晋一郎が柴田南雄著の「西洋音楽史 印象派以後」を持って
「現代音楽の作曲法の話で、特にバルトークの分析は素晴らしい。美術の黄金分割を音楽に持ち込んで説明している。買った当時は目から鱗でした。これ新しく見えるけど、2冊目なんです。実は1冊目はボロボロになったので。」
一般の人より専門家に有名だったようです。それにしても、こんな凄い作曲家が無名なんてもったいない。

演奏:2016.11.07
放送:2017.02.12 NHK地デジ
  1. 2017/02/13(月) 23:03:31|
  2. 音楽
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映画「メン・イン・ブラック3」を観て感じたこと

昔、予言物の本が流行った時期がありました。でも、ここ数年は見かけないです。多分、それは未来は決まっており、不可避なものと言う考えが変わりつつあるからだと思いました。今どきは、未来は変えたり、選択できると言う感じでしょうか。

先日、テレビで放送されていたメン・イン・ブラック3を観たのですが、腑に落ちるシーンがいくつかありました。

特にJ(ウィル・スミス)が1969年春の世界に戻って五次元の住人グリフィンと遭遇する辺りからです。

グリフィンは10月にニューヨークメッツが優勝するスタジアムに、その瞬間を見るためにひとりでやって来ます。グリフィンがスタジアムにいることを察知したJとK(トミー・リー・ジョーンズ)もそこへ。スタジアムには3人しかいません。

グリフィン「ロビンソンが打ったボールがイレギュラーしない限り、試合は決まりだ。」誰もいないグラウンドなのに、グリフィンが2人の肩に手を掛けると、興奮状態の試合が見えます。
J「こんな風に見えるのか?」
グリフィン「これね、滅茶苦茶うざったいよ。でも、良い時もある。」
J「この試合が行われるのは10月だろ?」
グリフィン「いつだって10月だし11月だし、3月なんだ。たくさんの未来が全部本物だ。そのうち、どれが現実になるかが決まるまでは、全部が起きている。」
「この瞬間は地球人の歴史で一番のハイライト。あらゆる物事がメッツの優勝に向けて動いている。これより、以前は毎年最下位のチームだったのに。」
「例えば、あのボールを見て!1962年にマサチューセッツ州の工場で作られ、第5戦の最後のアウトを取るあのボールは空気力学上欠陥がある。馬の革のなめし方が悪かった。なめし職人の奥さんのシーラが日曜にプエルトリコ人ゴルファーと駆け落ちし・・・」

(中略)

「(優勝が決まる最後の)バッターのデイビー・ジョンソンは父親がフットボールを見つけられず、野球のボールを誕生日にプレゼントしたから野球選手になった。ボールはバットの1000分の2ミリ高すぎる所に当たり、クレオン・ジョーンズの頭上にフライが上がる。両親がワインを1杯多く飲まないでベッドに入ったら、ジョーンズは女性に生まれクララと言う名前が付きタイピストになっていた。」

ジョーンズはフライを取り優勝が決まる。

「奇跡なんて無いように思われるけど、本当に起きるんだ。」

もちろん、これは映画のセリフで実際の奇跡の連鎖は違うのでしょうけど、とても頷ける表現だと思いました。

映画の最後もそんな閉め方でした。

KとJはカフェで食事を終えて店の外に出ます。

グリフィン「地球人の歴史の新しいハイライトだ。Kがチップを置くのを忘れさえしなければ。」

大きな隕石が地球に向かっている映像が流れます。
Kは店に戻ってチップをカウンターに置く。

K「忘れる所だった。」

隕石は人工衛星にあたり、粉々に。

グリフィン「危ないとこだった。うふっ。」←これがファイナルカットのセリフ。

これはバタフライ効果のことですね。
具体的に視覚的に見せられるとやはり記憶に残って良いです。そう言えば、カオス理論も初期値をほんの少し変えると結果がまるで変わると言っています。そう言うことなんですね。頭の中で繋がってきました。
  1. 2017/02/11(土) 19:53:55|
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シャツのポケット

シャツのポケット
先々週、シャツを2枚購入しました。
実は私はシャツが大好きなのです。学生の頃はトレーナーなど、ボタンのない服も着ましたが、今では基本的にシャツを着ます。白を着ることは祝儀、不祝儀くらいで、カラフルなもの、チェック柄が多いです。しかも、気に入らないとリフォーム店に修理を依頼するほど。襟や剣ボロ(カフスの隣)にボタンを付けて貰ったり、襟の角度を変えて貰ったり。
それで、買ったシャツですが、購入時には気づかなかったのですが、チェック柄のシャツの背中にダーツが入っていました。もう一枚はオレンジの無地のシャツです。購入時に気づかなかったのですが、帰ってから見るとポケットがありませんでした。シャツにポケットが無いなんて、かなりドレッシーなケースくらいです。チェック柄なら目立たないから良いとしても、無地のシャツなのにポケットが無いなんて間が抜けたような感じです。しかも前立て(ボタンホールのある帯状の生地)がないので余計に目立ちます。
でも、仕方ないです。既に買ったものですから。チェック柄のシャツのダーツは解いて、2枚とも洗濯しました。いつも糊を落として、自分でプレスしてから初めて着ています。
翌日、洗濯したシャツが乾いたのでベランダから取り込んだのですが、オレンジの無地のシャツにポケットが付いていました。どうして?チェック柄のシャツを見るとポケットがありませんでした。どうして?
さて、これをどう解釈するかです。
1.チェック柄のシャツにポケットが無いのに、オレンジのシャツにポケットが無いと勘違いした。
→シャツ好きの私がそんな勘違いをするか?それに無地のシャツにポケットが無いなんて!と頭の中で悪態をついたのは、どう説明するのか?
2.そもそも、オレンジのシャツにポケットが無いと思ったのが夢。
→だとすると、購入したチェック柄のシャツにポケットが無いことに気づかないまま、その日の夜にオレンジの無地のシャツにポケットが無い夢を見た。あまりにも都合の良い辻褄合わせです。
3.前日、オレンジの無地のシャツにポケットがなかったのは紛れもない事実。翌朝、私はオレンジの無地のシャツにポケットがある世界に移動した。
もちろん、3がとっぴな考えであることは私も認めます。でも、1と2は明らかに辻褄が合わないのです。
こういう現象、最近は慣れてきたから別に良いのですが。これからも、加速しそうな気が。(笑)
  1. 2017/02/07(火) 13:28:15|
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