ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

ブルゴーニュで会いましょう

【あらすじ】
 ワイン生産者の一家に生まれた主人公は父親の干渉が嫌でパリに飛びだします。そして、ワイン評論家で成功を収めます。そんな息子の成功とは裏腹に父親のワイナリーは大量に在庫を抱え、畑を手放さざるを得ない状況に。主人公が実家に戻り事情を知ると自分がワイン作りを手伝うと言います。父親は承諾し、口は出さないので息子に好きなように作るよう言います。しかし、主人公の息子はブドウ作りに関しては素人。彼は一つの決断をします。今までの作り方を捨てる。そして、昔の作り方に戻す。

 面白そうだからと言うより、ブルゴーニュでのワイン作りの雰囲気を知りたかったと言うのが鑑賞理由です。あと、どうやったらワインが美味しく出来るのかの真髄が窺い知れるはずとの思惑も。
 ワインがテーマですので当然かもしれませんが、その辺りのことはかなりちゃんと作っていました。その逆に手抜きの箇所もいくつかありました。

 隣の畑の生産者がワインのテイスティングを求めて来たシーンでは、オレンジがかった色でしたので、25年以上経過していると思ったのですが、76年のワイン(ポマール村)でした。本物か、それに準ずるものを使っていたのだと思います。
 自分の父親にテイスティングを求めるシーンではガーネット色だったので、それほど古くは無いだろうと思ったのですが、66年のロマネ・コンティでした。66年は若いヴィンテージと言われていますが、あの色は無いのではないだろうか。ラベルは本物でしたが、新し過ぎでした。中身は若いヴィンテージでしょう。
 あと、雹が降るので畑にビニールシートを張っていましたが、あのような行為はAC法で禁止されています。映画とは言え間違って認識されるのはまずいなあと思いました。
 映画ですから恋愛も少し絡んでいます。私としては、お隣の生産者との確執がなんとも面白かったです。ブドウの栽培をしているのですから田舎です。お隣さんとは向き合わざるを得ないわけです。相性が悪いお隣だと大変だ。
兎に角、本物のブルゴーニュの風景が素晴らしいです。ブルゴーニュの生産者を訪ねるテレビ番組など本物を見る機会はありますが、やはり雰囲気が違います。映画は絵、空気感を伝えるのが主ですから。

さて、期待したワイン作りの真髄の件です。

トラクターではなく馬で引いて畑を耕すのは土が固まらないため。
ブドウの収穫タイミングは糖度の検査ではなく、実際に実を食べ、種を噛み砕いて判断する。
ブドウを収穫したら、とにかく優しく扱う。
熟成は温度管理ができるステンレスタンクでなくアンフォラ(ローマ時代のワイン保存用の壺で肉厚の陶器)で熟成させる。
ブドウを潰すのは人の足。
酸化防止剤は必要最低限だけ入れる。
出来上がったワインの評価コメントが「余計なものを足していないから美味い。」
この余計な物というのは必要以上の酸化防止剤のことではありません。セリフでは物と表現されていますが、それは形のないものです。ワインはブドウが8割、人が2割と言われています。つまり、人の手が2割を超えるのは良くないということ。ブドウがワインになるのを助ける程度が良いという意味です。だからコントロールしてはいけない。例えば、ステンレスタンクは人の手と言うことです。

一番印象に残ったセリフは「私は畑が求めるものを一生懸命聞き出して、それを与えてきた。しかし、畑はいつもそれ以上求めて来た。」でした。

上記のすべてが真髄を表しているわけではありません。映画だからのセリフもあります。農産物作りに関わっている人ならわかるはずです。映画製作者はワイナリー生産者にインタビューし、うまく引き出したのでしょう。

 原題は「Premiers Crus(一級畑)」です。フランスワインは畑に格付けがなされており、主人公の一家は村名、一級、特級と所有しているのですが、タイトルは一級畑となっています。理由は最後まで分かりませんでした。
ブルゴーニュの各村では一般に特級畑が一番面積が小さく、その次が一級、最も面積が広いのが村名です。しかし、舞台のアロース・コルトン村は特級畑が一番広く、その次が村名で、一番小さな面積なのが一級畑です。その辺りのことを何かに引っ掛けてのネーミングなのかも知れません。。
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  1. 2016/11/23(水) 12:27:31|
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そして父になる(是枝裕和)

そして父になる

6歳の息子をもつ2つの家庭に当時出生した病院から突然の電話。お知らせしたいことがあるので来て頂きたい。それは「息子さんを取り違えた可能性がある」という事実。
2組の両親は「なんで似ていないのだろう」という6年の思いに合点。その反面、これからどうすればよいのかと苦悩。血をとるかそれとも....
取り違えた2つの家庭はまず、家族同士仲良くなります。そして、それから週末だけ息子2人を血のつながった本来の家庭に戻します。それを繰り返したあと、ついに週末限定を外します。
 一方は貧しいながらも家庭的、かたや裕福ではあるが父親は家庭をあまり顧みない。子供が欲するのは裕福かどうかではなく、自分を大切にしてくれるかどうかです。それは理性ではなく本能です。でも普通の子供は複数の親を経験しないから親の愛情の比較はできません。どちらが自分を大切にしてくれるのかなどというのは、比較の状況が発生しない限り判断する必要はないわけです。だから普通、自分の親の愛情を子供のうちは「そんなもの」と思うのでしょう。

 父親からあまり顧みられなかった子供は、血のつながった本当の父親の愛に触れ、その位置から今までの育ての親を見てしまうようになります。
 その逆に今まで家庭的な家族に育てられた息子は、あまり構ってもらえない血のつながった本当の父親の元へ。今までとは違う境遇に耐えかね思わず育ての親元に帰ってしまう。こんな経緯があって、今まであまり子供を顧みてあげなかった父は「父というもの」に目覚めます。

 「子供は親を選べない」という表現が世の中では時折使われます。例えば親による子の虐待のニュースなどのとき。スピリチュアル的な側面からはここでは割愛するとして、確かにそうです。でも、是枝はそんな側面をこの映画で表現しました。こういうやりかたは映画玄人に受けるから、カンヌ映画祭で審査員賞の受賞となるのでしょうか。よく練られた脚本、表現方法がいつもながらお見事。
  1. 2013/10/03(木) 21:15:39|
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マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙

 結構期待した映画でした。まず、メリル・ストリープのファンであること。それにこの映画で主演女優賞を獲得したことがあります。それに民主主義先進国の国会がどんなかを観れることもです。
 映画はサッチャーが首相を辞め晩年の頃から始まります。そして、若い頃、現役時代を織り交ぜて物語は進みます。マーガレットは上流階級ではなく、労働者階級で雑貨商の娘。若い頃は指を指されて馬鹿にされることもありましたが、それバネにオックスフォード大学に進学。後に結婚するデニスと出会います。在学中2人で政治活動に傾倒します。その後、いろいろあったのですがサッチャーは自らは望まなかった首相になります。
 政界引退後は自宅で過ごすことが多いのですが、他界した夫の幻と話す日常。映画を観ている我々は最初はデニスは存命と思ってました。病院に通って認知症の治療を受け、娘にいろいろ助けてもらいながらの生活。この辺は誰もが年老いたら経験するようなことですが、映画での表現が暗く、重いのです。過去の栄光を引きずっているとは言いませんが、そんな寂しさを感じさせる描写です。時折、国会での現役時代の論争を織り交ぜて明るさを入れますが、やはり絶対時間が少なく重すぎる印象です。
彼女の演技は賞を獲るほどなのか、という気もします。もちろん悪くは無いです。でも「めぐり合う時間たち」のほうが素晴らしかったように思います。まあこれはキッドマンが主演ゆえしょうがないです。

 私としては英国国会の雰囲気がどのようなものかがわかったことが一番うれしかったです。それにしても英国で初めての女性首相もそうですが、そもそも保守党の女性党員も珍しかった(初?)のだというのに驚きました。
  1. 2012/05/10(木) 22:45:10|
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ブラックスワン (ダーレン・アロノフスキー)

ブラックスワン
 バレエ白鳥の湖には白鳥だけではなく黒鳥も出てくるとのこと。不勉強で知りませんでした。さて繊細で可憐な白鳥と妖しく妖艶な黒鳥を一人のダンサーが演じ分けられることを演出家に求められるというのがこの映画のキーポイントです。
 演出家はダンサーのニナ(ナタリー・ポートマン)の白鳥には満足していますが、黒鳥には不満だらけ。いろんな手段を使って彼女を脱皮させようとします。ニナは初めての主演、そして黒鳥の演技にプレッシャーを感じ精神的にまいってしまいます。しかし、そのプレッシャーに打ち勝ち見事に初日を飾ることに。しかし、その過程が大変です。
 親しげに近寄ってくるバレリーナのリリー。実は彼女はニナの主役の座を狙って近づいているのだ。彼女と本番の合間に大喧嘩になりそして・・・。
 街で自分とそっくりの女を見かけ追いかける。しかしいつのまにか逆に追われる身に。
 一緒に暮らしているかつてのバレリーナである母親の存在も重荷になり家に飾られた絵がニナを笑う。
 演出家は演技指導と称しニナと男女の関係になろうと近づく。
 演出家はもしものときのため主役の代役にリリーを起用。それはリリーが演出家に色仕掛けして得たもの。
 年齢を理由に引退させられたあこがれのバレリーナの完璧さにあやかりたいために、ニナは彼女の持ち物を盗む。しかし、交通事故にあったそのバレリーナに盗んだものを返しに行く。その中にネイルファイルがあったのだが、そのバレリーナはそれで自虐的に自らの顔を刺す。驚いて逃げるニナの手にはそのネイルファイルが。
 これらは現実なのか?ニナの頭の中なのか?
 この映画はサイコスリラーと捉えるのがふさわしいとされている。しかし、映画でスリラーと捉えられるシーンは殆どニナが精神的にまいっているために見る幻覚で現実には起きていません。しかし観客はこれらのシーンをまずは現実に起こっているものと見せつけられます。しかし、その後、幻覚だと理解させられます。結局幻覚の中だけのスリラーなわけです。多大なるプレッシャーから狂気的な幻覚が発生するのは勿論結構ですが幻覚の中だけで閉じてしまう表現にはたして説得力はあるのでしょうか。そう思ってしまうのは私だけだろうか。

  1. 2011/06/09(木) 23:06:01|
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映画 阪急電車

阪急電車

 副題に「片道15分の奇跡」とありますが、いわゆる奇跡は起きません。乗客たちが奇跡のつながりなのです。

 人は時々良い話を聞きたいものです。素晴らしく良い話はたまにでよいですが、ちょっと良い話は時々欲しいものです。そんな話が宝塚~西北口間の乗客たちに生まれます。ちょっと良い話だけでは映画が成立しないのですがちょっと良い話がうまく繋がっているところがこの映画(原作の小説)のつくりのうまいところです。
 結婚を間近に控えた女が同僚に男を寝取られ、その時たまたま子を宿したため結局、男は責任を取ってその同僚の女と結婚することに。捨てられた女は男と女へ仕打ちをするために結婚式への出席を条件に別れることを承諾。こんな過激な話で始まります。いろんな話が出てきますが基本的には車内とその沿線での出来事ばかりです。
 孫(芦田愛菜)と一緒に電車で移動するちょっとお節介なおばあちゃん萩原時江(宮本信子)を中心に物語が進みますし、エピソードも彼女のお節介が引き金になっています。でも最後あたりで若かりし頃のフィアンセに似た若者(玉山鉄二)に声をかけられ思わぬ展開をしたのが一番受けました。まさか見ず知らずの若者の言葉にトラウマから解放されようとは時江も夢にも思わなかったことでしょう。まさに情けは人のためならずに似た現象です。このときの玉山鉄二の喋りが異常に惹かれました。萩原時江と孫(芦田愛菜)に対してではあるのですがほぼ若者が一人で喋り、それで時江の頑固な考えを変えてしまうのです。そのセリフの長さ、わかり易さといい殆ど完璧だと思います。それに玉山の口調も何気なさがよかったのだと思います。心温まる映画です。

 東日本大震災のおかげでこの映画が描く絆、縁を強く意識してしまいます。袖触れ合うも他生の縁。縁も絆も思ってもみなかった所にあるものなのでしょう。それを掴むかどうはその人しだいなんですね。
 それで「(白いドレスでの)討ち入りは成功したんですか?」そんなお節介も他生の縁?

  1. 2011/05/13(金) 01:48:59|
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ロビン・フッド (リドリー・スコット)

ロビンフッド
 リドリー・スコットとラッセル・クロウのコンビといえばグラディエーター。もちろん「プロバンスの贈り物」もそうですがやはりロビンフッドを観るとグラディエーターを思い出してしまいます。それは2世紀と12世紀と時代設定は千年違うものの現代から見ればどちらも「古い時代」と共通してますし、戦闘シーンの作りこみが似通っています。
【ストーリー】
 12世紀末十字軍の兵士としてフランスと戦っていたロビンはイングランドの騎士ロバート・ロクスレーの戦死に立ち会うことに。ロバートはイングランド王が戦死したため国に王冠を持ち帰る途中に待ち伏せにあったのだった。死を目前にしたロバートから剣を自分の父親に渡して欲しいと頼まれる。ロバートは父親に無断で剣を持ち出したことが気がかりだったのだ。ロビンは王が乗っていた馬の存在からそこに王冠を見つける。結局は王家に王冠を持って行くついでに剣を持ってロバートの故郷ノッティンガムへ行くことにする。イングランドへの帰途途中、剣の柄に刻まれた言葉に見覚えを感じるロビン。そして、ロクスレー家とは浅からぬ関係があることに徐々に気づかされていく。ノッティンガムへ無事到着しロバートの父親に剣を渡すと、なんと息子の身代わりになってこの地に留まってくれと頼まれる。村人たちは素朴な人柄のロビンを慕うようになり、ロバートの妻(未亡人)である気の強いマリアンも徐々にロビンに心を開くようになる。
 イングランド王は弟に引き継がれ重税を課すようになり、国民の不満は爆発。そんな状況下でフランスと戦わなければいけない苦境にイングランドは陥る。しかし、そこには策略の匂いが。


 リドリー・スコットは映画の監督賞というのにあまり縁が無い。一般の評価も高かったグラディエーターもアカデミー賞の監督賞を逃したがこの作品で再度チャレンジするつもりなのだろうか。ストーリーや展開などとてもよく練られた作品で完成度は高いと思います。ただ、ロビン・フッドですから、スケールの大きさとか深みとはあまり無いです。どちらかというとやはりエンターテイメント。ただしロビン・フッド自身はクールです。後半の最後辺りの畳み掛けるようなかっこ良さは特筆に価します。

・寝室に向かうロビンとマリアン。マリアンの硬い口調に対してロビンは「優しく誘えよ(Ask me nicely)」、そしていよいよフランス軍との戦いに出陣するロビンに対して、「夫は帰ってこなかったの」に対して、ロビンは再び「優しく誘えよ」と返す。
・フランス軍との交戦中、馬に乗った一人の兵士がロビンの元へ。それがなんとマリアン。マリアンを気遣うも彼女の表情を見るとすぐさまその兵士に命令を下す。
・陰謀の首謀者にマリアンが危うく殺されそうになロビンが助ける。男は馬に乗って背走。ロビンが弓矢で仕留めるが、その時の男の表情は恍惚。
・イングランド王がロビン・フッドへ出した死罪の御告げを村の木に張り出そうとした時のこと。「誰か釘を貸せ」とその時、どこからとも無く矢が紙をいり釘の代わりに。
 ラッセル・クロウはロビン・フッドにはマッチョ過ぎるがまあ、マッチョロビンもいいでしょう。彼はアウトロー役にはいつもはまっています。
 今回印象に残ったのはマリアン役のケイト・ブランシェット。リドリー・スコットの映画では珍しく脇役の女性が際立ちました。あと、ロバートの父親役のマックス・フォン・シドーが良かった。

 ロビン・フッドというと子供向けが多いが今回のは大人向けのクールなロビン・フッドである。物語は森で暮らすで終わるのだが、この後が一般に良く知られたロビン・フッドの物語なのだろう。
  1. 2011/01/07(金) 00:00:39|
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リッキー (フランソワ・オゾン)

リッキー

 時代設定は現代。赤ん坊に羽が生えて...という映画は私は普通なら観ないです。でも監督がフランソワ・オゾンなら話は別です。それでもリアリティとお伽噺、観客が納得できるこの2つのバランスが難しいのは間違いありません。

 子供が出来てしまったとたんに父親が去ってしまった母子家庭のカティとリザ。カティは8歳のリザをバイクで学校へ送って自分は工場で流れ作業の仕事。ごくごく平凡な日々。そんな生活のなか工場には新しい工員のパコが入ってきます。すぐさま、二人は恋仲に。多感な年頃のリザも新しい恋人を受け入れ3人で暮らすことに。そして、もう一人の家族をカティは身ごもります。名付け親はリザ。
「赤ん坊の名前はリッキーがいい」
「どうして?」とパコ
「なんとなく」
 リッキーはすくすく育ちますが、ある時、肩甲骨の辺りにアザできます。カティはパコの虐待と勘違いし口論に。結局パコは家を出て行きます。そのアザはコブになり、そしてついにはそれが割れて中から羽根が。パコを疑ってすまない気持ちのカティも言い出せず終い。カティは羽根を持ったリッキーが世間に知れ渡ると苛められると判断し隠し通します。しかし、ショッピングセンターに買い物に行ったとき、一人になったリッキーはショッピングカートから飛び立ちます。リッキーはテレビのニュースで取り上げられ、それを観たパコが戻ってきます。一家の住むアパートは始終マスコミに囲まれることになり、ストレスが大きくなります。パコはマスコミに少しだけ公開すればどうかと提案します。そうすればマスコミも少し落ち着くし、生活も少し楽になる。そんなパコの提案に「お金のために戻ってきたのね」と最初は怒っていたカティも結局は受け入れることに。そして、マスコミへの公開の日。足首に紐をつけたリッキーは高く高く飛び立ちます。それに見とれて思わず紐を離すカティ。

1時間半と短めではありますがちょうど良いと思います。原作があるようですが、映画化にあたってリアリティという面から書き直したようです。その消化の仕方加減はお見事というしかありません。主役はタイトルからしてリッキー。でも映画はカティとリザ、そしてパコ。間を取り持つのがリッキーという関係。
 キャスティングですがいつものオゾンファミリーではない俳優だったから新鮮でした。主役の4人はそれぞれが持ち味を出していたと思います。ただ時間の多くをリザの視点から撮っていたからという理由でメリュジーヌ・マヤンスが印象的でした。思春期の感情の揺れを見事に表現していました。それから可愛いというより将来美人になるであろう顔立ちのよさもあるでしょう。それにしても頭の大きさは生後数ヶ月のリッキーより小さかったのは驚きました。

 とにかくラストが良いです。全体があってラストがあるのではなく、ラストがあって全体が構成されるが如しです。「まぼろし」に通じるものがあり、だから人生はわからない、そして素晴らしいと感嘆せざるをえません。
  1. 2011/01/04(火) 22:04:04|
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映画「オーケストラ」(Le Concert)

 この映画を上映しているやや小さめの映画館はかなり盛況のようで、上映スケジュールを延ばして対応しているようです。¥1000で鑑賞できるサービスデーはどの回も満席という人気ぶりです。
 日本語タイトルは「オーケストラ」ですが原題を忠実に訳すと「協奏曲」です。それはチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲のことです。そう言えば先週末の芸術劇場での最初の演目でしたが、演奏が割と淡白だったので眠ってしまいました。曲は難曲ではありますが完成度が高く、華やかさに満ちた曲ですので演奏者は気合が入るのが一般的で映画の中でも特別な曲として扱われています。原題に忠実に訳しなかったのは他にこの言葉を使った映画作品があったのか、それとも日本人のクラシックへの意識レベルを考えてのことなのでしょうか。多分、映画を素直にあらわしているのは日本語タイトルで、フランス人の直接的ではない感覚からすると原題なのでしょう。まあ、日本人監督が作ってもちょっとひねったタイトルをつける場合があるわけですからフランスだからというのは正確ではないかもしれません。しかしながら原題に忠実でない日本語タイトルというのは見終わった後「そういうわけであのタイトルなのか」という楽しみを奪うようでいつも残念に思います。配給会社としては「観終わった後」より「観てもらうため」、興行優先なのはしかたがないのでしょう。
【ストーリ】
 旧ソ連の指導部を批判した主人公アンドレイは指揮者を解任され、なんと掃除係になりそれから30年経過。彼が誰もいない楽団責任者の部屋を掃除していたらパリから楽団に公演のオファーのFAXが入ります。そのときアンドレイは30年に及ぶ悔しさを晴らすべくあることを思いつきます。それは当時指揮していた時の楽団員に声を掛けて、ニセの楽団を編成しパリに乗り込むこと。30年前に指導部を非難したことで演奏会を中断させられたときの演目がチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲です。それはそのときのソリストと今度の公演で招くソリストを結ぶ曲なのです。

 映画はコメディータッチな部分を随所に入れつつもシリアスな作りです。ストーリーの展開の仕方はとてもよかったと思います。但し説得力と言うところからすると結構無理を感じました。当時の楽団員は集まらず(たぶん)いろんな人を寄せ集めたり。楽団員はパリについても練習に集まらず、亡命を画策したり小遣い稼ぎをしたり。楽器はパリで調達、本番前日に会場に到着。ソリストとのリハーサルも無し。ソリストどころかそもそも本番までに練習が一切無いのです。それでもこのコンチェルトの力なのか奇跡が起こって素晴らしい演奏になります。そこは映画ですからと納得できる人、出来ない人がいるでしょう。映画館に掲示してあった監督のインタビュー記事で最後のシーンは無理があるのでは?との質問に「奇跡は起こりえると信じます」と答えていました。最上のクラシック音楽を奏でることはどれだけ大変な作業かを知る人にとっては理解しがたい設定だということが、私以外にも思っている人がいたということを確認できちょっとほっとしました。現実には全くありえないのですが、これは「奇跡」なのですからやっぱり「有り」なのでしょう。
 そう言えばストーリーはエフゲーニ・スヴェトラーノフの身に起こったことを元にしたと、たしか新聞のコラム欄に書いてあったのですが、監督のインタビューでは「香港でニセ楽団の公演事件があったことは事実だが、それ以外は私の創作」という発言と食い違います。なんだか胡散臭さがぬけません。

  1. 2010/05/18(火) 21:28:08|
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