ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

劇中劇

ブログのカテゴリーは創作小噺ですが、これは実際にあった話です。

 それはテレビ番組の「行列ができる法律相談所」の進行中での話でした。司会は島田紳助で他の出演者にはレギュラーの東野幸治、そして、その日は山田花子が出演していました。山田花子は吉本興業の芸人で主に吉本新喜劇に出演しています。配役の中でも貶められるような役をやっています。

 ここで吉本新喜劇がどんなものかご存じない方のために代表的なストーリーの一つ説明いたします。

 田舎出の子ども(末松)が東京に丁稚奉公へ出ます。出来の良くない末松は2、3年経っても番頭に叱らる毎日です。そんなおり、末松の様子を見に親御さんが上京する旨、手紙が届きます。番頭はその手紙を読むや一計を案じます。丁稚たちを全員集めて番頭は次のように話します。
「末松の親御さんが明日この店に来る。今の状態を見たら親御さんたちはいらぬ心配するだろう。だから、明日だけは末松を手代(てだいは丁稚より位が上)とするので、みんなもそのように振舞ってくれ。」
 店の丁稚衆も番頭さんが言うことなのでと納得し、翌日を迎えます。末松の親御さんが訪れ店を案内されます。自分の息子の扱われ方に大そう驚くと共に安心します。ことは番頭が用意したシナリオ通り進み、全てが上手く行って終わると思いました。しかし、そんな事情などつゆ知らぬご贔屓のお客が突然店に来て末松を呼びつけ話がおかしなことに・・・結局、お店側のお芝居は末松の親御さんにばれてしまいます。
 実はこの親御さんは前日にこっそり来て店の様子を窺っていたので、自分の息子がまだまだ至らぬとわかっていたのです。お店側のお芝居に気づいていたもののそれに合わせていたのです。結局はその芝居がばれても、ばれなくとも同じだったのです。いずれにせよその親御さんは息子のためにひと芝居うってくださるその温かい心使いに安心して田舎に帰ります。ほのぼのしたストーリーです。
以上、ここまで。

 そんな新喜劇に出演している山田花子はその当時、結婚して数か月でした。司会の紳助がそのことについて話を振ったことから始まります。

紳助「花子。それにしても、よう結婚できたな。旦那さん、よう、お前みたいなもん貰ってくれたな。」
花子「はい。」
紳助「旦那さんの前でいくら取り繕っても、テレビとか観たらばれるやん。」
花子「旦那さんはテレビとか、あんまり観ない人なんです。」
紳助「そやけど、吉本の劇場とかも来るやろ。来たことないのか?」
花子「来たことはあります。何回かは。」
紳助「それでも平気なん?旦那さん。」

確かに紳助の言う通りです。自分の嫁さんになるであろう女性がこっ恥ずかしい姿を舞台で晒しているのです。耐えられないんじゃないかと思うのが普通です。

花子「・・・」
東野「あのー、それが・・・」
紳助「なんや?」

ここで東野はいつもの張った声の感じとは変わって、抑揚のない普通の口調に変わってしまいます。

東野「花子の旦那さんが来る日の舞台だけ、花子は(虐げられる役ではなく)いいもん役に替えてもらうらしいんです。」

東野幸治は、とてもばつの悪そうな顔に。
花子は恥ずかしくて無言。

島田紳助は余りに想定外の展開に目がテンで返す言葉が見つかりません。余りにも可笑しな事実に笑いたいけど、司会者なので笑えなくこらえなければいけない。そんな混乱に数秒間、「待て、待て、待て」を連発して時間を稼ぎます。

紳助「お前、それギャグやん!?」

 私も東野幸治の落ちを聞いて息を呑みました。そうです。まさにこれはリアル劇中劇。
 お笑いの舞台をやっている、その外側で今日だけいいもん役で旦那さんを騙すという舞台をやっている。映画や小説で劇中劇は良く出てくるシーンですが現実で聞いたのは私も初めてです。不謹慎ですが、その日の舞台演者はとてもワクワクしただろうな。そう思った次第です。
スポンサーサイト
  1. 2016/10/14(金) 10:03:48|
  2. 創作小噺
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

お気に入りのスピーカー

ウィーン・アコースティック

ブログカテゴリは創作小噺ですが、これは実際にあった話です。

 我々は大学で同じクラスでとても仲の良い間柄でした。音楽好きな私は彼の音楽の趣味を一変させてしまったほど影響を与えました。我々は卒業して10年ほど経過しました。私は久しぶり彼に会うために新居を訪ねました。

「そのタンスの上で横になっているスピーカーは使ってないのか?」と私は彼に聞きました。
「お前の言うことを聞かなかったから、ああなった。」と彼が言いました。
「そういうことか?」
「そういうことだ」

 大学時代にオーディオ好きだった私は、スピーカーの自作をするほどでした。私の周りの貧乏学生は私にスピーカー製作を依頼してきました。

「お前も、作ってやろうか?」と私は彼に聞いたことがありました。すると、彼は
「いや、俺はいいや。自分で買う」
「そうか。ただ、スピーカーを買うときに注意しないといけないことがあるんだ。それは、一聴して凄くいいと感じたものは買っちゃ駄目なんだ。」
「なんでだ?」
「音楽は3分聴いて終わりじゃないだろ?20分、30分聴くだろ?それに何年もそのスピーカーで聴くんだ。その音に耐えられなくなるんだ。一聴して惹かれるものは。」
「そんなものか?」

 そんな会話を交わしたのを覚えています。彼もちゃんと覚えていた。でも、買ってしまったのです。一聴して気に入ったスピーカーを。大学時代仲が良かった我々ですが、彼は私に少なからぬ対抗意識を持っていたようです。そんな、たわいない対抗意識がよもやな行動を取らせたのかも知れません。いずれにせよ、私が言ったことを確認するには高い買い物です。

 時間はずっと経過します。私はJBLのスピーカーユニットを買って自作のスピーカーでジャズとロックを主体に聴いてました。私の音楽の趣味も20年の時を経て変化しクラシックの割合が高くなってしまいました。それで、スピーカーも変えようと思い立ちクラシック向きのスピーカーを探すことにしたのです。クラシックを主体に聴くユーザと言うのは裕福な人が多いのか高額なものが多いです。もちろん、フルオーケストラの音も再現できるようにスピーカーが大きめであるというのもあるでしょう。それに国内メーカーにクラシック向きスピーカーはあまりなく、海外メーカーが多いこともあるでしょう。とにかく予算は2本で30万で探しました。最初は有名メーカーのカタログ、それにオーディオ雑誌のレビュで勉強です。予算を満たすものさえ見つからないなか、いくつかスピーカーの試聴をしました。当時の秋葉原にはその店オリジナルのスピーカーを販売している所もありました。そんな、特殊なものも含めて有名処のスピーカーはあらかた試聴したのですが、予算内で満足できるスピーカーに出会うことはありませんでした。
 そんな、手詰まり感があったある日、秋葉原の神田川沿いにも個性的なオーディオショップがあったことを思い出して、行ってみることにしたのです。すると、あるお店から結構大きな音が漏れています。もの凄く良い音でした。こんなに音の良さに惹かれたのは学生時代にJBLの4343を聴いて以来でした。もちろん、私との相性もあったのだと思います。店の前に立つとたくさんのスピーカーがこちらに向いています。でも、どのスピーカーが鳴っているのかが何故かわかったのです。店に入って近づくとやはり、そのスピーカーから音が出ていました。見事な音でした。それが高さ35cmほどのブックシェルフ型の小さなスピーカーが奏でていることにさらに驚きました。聞いたことがないウィーン・アコースティックというオーストリアのメーカーで価格は1本10万円程だったと思います。ウィーン・アコースティックのスピーカーはその店にはそれしかありませんでした。それなのに私は何を思ったか、この兄貴分のスピーカーがあるはずなので、それを買うことに決めたのです。
 その時、思い出したことがあります。大学時代に彼にアドバイスした言葉です。自分で自分に言われた気がしました。それで「いや、これは違う。」と一生懸命、自分自身に言い訳をしたのです。それでも、もしかしたらと心配にはなりました。でも最終的には美しい音を捉えた自分の耳を信じることにしました。
 店で出会ったのはウィーン・アコースティックの最も廉価のスピーカーでしたので兄貴分のスピーカーは数種類ありました。しかし、小さなメーカーでしかも高額なため、常時おいている店が無く視聴にこぎつけるまで結構苦労しました。予算も10万円程オーバーでしたが求めるよりはるかに高いクオリティでしたので納得してました。今年で12年目。やっぱり、あの時の判断は正しかったのです。
  1. 2016/10/09(日) 09:45:18|
  2. 創作小噺
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

創作小噺「幸運の上着」

 自宅から最寄の地下鉄の駅まで歩くと、途中に神社があります。町の名前がついている神社で、それなりに古い神社です。そういうところには決まって大きな木があるものです。境内の外なのですがそういう木を伐ったりすると罰が当たると誰もが思うからではないでしょうか。大きな木というのは一朝一夕に出来るものではないですから時間の経過を感じられて良いものです。太い幹に拡がる枝葉。ただ、大きな木というのは安定するのか鳥が多く留まっているようで、その下には糞が所々落ちています。もちろん歩く時はそれを避けます。それで鳥の糞は避けられると思いきやどうしたものか数年に1回程度は何処で受け取ったのか肩や腕に鳥の糞が付いています。スーツを着ている時などはがっかりです。そういう時は潔く諦めるのが肝心なようで触らずにクリーニングに出すと綺麗に取れるようです。
 それにしても数年に1回とは言っても運悪く鳥の糞が付くのは私だけなのかという疑問があったのです。こういうことを人に聞くことはないのですが、やはり私だけではありませんでした。実は先週友人が「鳥の糞が背中に付いた」と話していました。歩いていれば背中に付くことはなさそうですので、立ち止まってお辞儀でもしていたのでしょうか。その日は「お前も付いたか?俺も時々付いてしまうよ」なんて笑いながら彼と話しました。その友人ですが、鳥の糞の翌日にも会ったのですが、その時に面白いことを話していました。昔の漫画の話です。

「昔の漫画だが本宮ひろしの「俺の空」というのがあるの知ってるか。」
「読んだことないなあ」
「ちょっと話は長いのだけど、まあ聞いてくれ。主人公は安田一平と言って安田財閥の御曹司なんだ。高校3年の早い段階で学校を修了し、東大の受験まで将来の嫁さん候補を探しに行くんだ。」
「何処に?」
「それこそ木の枝を投げて向いた方向でどこでもだ。例えば北海道とか。まあ、嫁さん探しというのは単なる動機付けで、ようは人生経験をさせるというものなんだ。安田財閥の帝王学のひとつなのだろう。それでいろいろあってアメリカのラスベガスにも行くんだ。」
「話がでかいな」
「財閥の御曹司だからスケールは大きい。それで最初は遊びのつもりでギャンブルをやっていたのだけど、妙齢のちょっとみすぼらしい現地の女性に声を掛けられ、一緒にギャンブルをしてくれと頼まれるんだ。」
「色仕掛けにしては、みすぼらしいというが妙だが。」
「これには理由があるのだが、それはまた後で話す。ギャンブルはブラックジャックだ。ルールは配られた手札の合計が21を超えないように21に近くするというやつだ。まあ最初は勝ったり負けたりしていたんだ。それで勝ちが結構続くとカジノも強いディーラーを投入してき、それで負けが続いたりの一進一退なんだ。」
「勝ち負けは運だけではないくやはり確率の世界なんだな。やはりブラックジャックだとディーラーの腕が大きいということか。ディーラーも毎日やっていれば慣れてきて強くなるのか。」
「もちろんそう簡単にディーラーには勝てない。話を戻すが、二人は翌日から正装したんだ。もちろんみすぼらしかった女は誰もが振り向くほど美しくなった。そうして勝負を数日間続けたんだ。すると周りの客の噂になって、その勝負の周りを囲むように人だかりができていったんだ。そこで客の誰かが思いだしたんだな。安田一平の隣の女性はカジノの前オーナーの娘だということを。」
「もしかして今のオーナーに乗っ取られたということか。」
「そういうことだ。父親の恨みを晴らすためなんだ。安田一平を選んだのは占い師の導きということなんだ。それで話を戻すが、カジノも見物人が出始めると商売に支障をきたす。それに同情も入るからよけいやりにくくなる。強力なディーラーを投入しさっさと一平に散財させることにしたんだ。当然のこと一平は負け続けるのだが、負けても負けても湯水のように賭けてくるんだ。一平の銀行口座の残高なんだが、ある一定以上減ると直ちに埋め合わされるということなんだ。」
「さすが財閥の御曹司だな。」
「一平は負け続けてばかりではなく、徐々にコツを掴んだのかディーラーを負かしてもきたんだ。客たちは自分たちの賭け事よりそっちの勝負のほうが面白くなる始末なんだ。カジノの資金が尽きるまで続ける勢いの一平に対して、結局カジノ側からキリが無いから1回の勝負で決めましょうと提案するんだ。もちろん一平が勝てばカジノを明け渡すというわけだ。それで一番強いディーラー、ようは今のオーナーが出てきてひと勝負するんだ。」
「一回で勝負を決めるのはカジノ側にリスクがありすぎな気もするが、まあいいだろう。」

「いよいよ最後の勝負だ。一平の手札は表向きの1枚がスペードのジャック。ディーラーは小さい数字だった。一平がスタンドつまりこれ以上札は必要ないと宣言したので、ディーラーは2枚とも表にしたのだがこれが2枚合わせた合計数は少なかったので1枚引かざるを得なかったんだ。それでもう1枚引くと合計で17。もう1枚引くと21を超える可能性は高いが17で勝てる可能性は低いのでもう一枚引くんだ。周りのお客も固唾を呑む瞬間だが、すると「4」が出て合計で21。ルール上、合計が同じなら親が勝ちで勝負あった場面なんだ。しかし、一平は顔色も変えず微動だにしないんだ。周りの見物客もどよめいたわけだ。結局ディーラーが痺れを切らして一平の裏になっているカードを表にすると、それがスペードのエースなんだ。スペードのエースとスペードのジャックのブラックジャックがこの一大番に出るなんて出来すぎな気もするが。」
「話はなかなか面白かった。乗っ取られた父の敵討ちの娘と財閥の御曹司のペアで大勝負というところか」
「まだ続きはあるんだ。」
「カジノはその娘のものだろ?」
「そっちじゃない。俺の話なんだ。昨日似たようなことがあったんだ。」
「おいおいお前。カジノにでも行ったのか。」
「そう行ったんだ。今横浜に外国の客船が入港してるんだが、カジノ目当てに潜り込んだんだ。」
「昨日の昼に会った後、横浜に行ったんだな。」
「そういうことだ。それでカジノでブラックジャックをやったんだが傍らにいた妙齢の女と一緒にすることになって、それから連戦戦勝なんだ。」
「凄いじゃないか。どれくらい勝ったんだ。」
「そう慌てるな。それで昨日の勝ちに気をよくして、今日もその女と待ち合わせて続きをしたんだ。」
「もちろん今日も勝ったんだろう?」
「いやそれが今日はさっぱりだめだったんだ。」
「カジノに強いディーラーをあてがわれたのか。」
「いや、ディーラーは同じだったんだ。それにゲンを担いで出来るだけ昨日と同じにしたんだ。途中で取った食事も同じサンドイッチにしたくらいだ。もちろん下着やシャツは着替えたが。とにかく現実は漫画のようにはいかないということだ。話が長くなってすまない。」
「そんな、別にいいってことよ。そう言えば昨日着ていたツイードの上着は今日着てないな。」
「ああ、そうだジャケットも替えたな。お前のアドバイスで。」
「確かに触らずにクリーニングに出すようアドバイスした。それでお前は一緒にウンも落としたんだな。」
  1. 2012/01/02(月) 10:44:19|
  2. 創作小噺
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「創作小噺」フランス人の日本好き

 日本人のフランス好きというのは今に始まったことではありません。まず、洋服やカバンなどのブランド品、それにフランス料理、フランスワイン。フランス語の響きは格好良いですし、首都のパリは花の都です。知り合いの客室乗務員にパリのことを聞くと「歩いているだけで楽しい」とのことでした。最近、東京のフランス大使館が建て替えられましたが、その外観は洒落ています。美的センスが違うのもそうですが平均的美的センスが日本と違うのでしょう。日本はフランスのことが好きというよりどちらかと言うと憧れや羨望に近いのかもしれません。
 それではフランスは日本をどう見ているのかというと、結構日本贔屓の所があります。古くは浮世絵です。ゴッホが日本の浮世絵を真似た絵は有名です。最近では絵画というより漫画が人気のようです。スポーツなら柔道だそうで競技人口は日本の20万人に対してフランスが50万人と大きく上回っています。あと、茶道などでいう禅も今フランスではブームです。特に瞑想が好きなようで、zenはクールと言われています。日本人が一番好きなのはフランス?でフランス人が一番好きなのは日本?という相思相愛の関係ではないかと思ったりします。

 この話はあるフランスの服飾メーカの話です。フランスでそれほど名の知れてはいませんでしたが経営のほうは堅実なメーカでした。フランス人社長が大変な日本贔屓で伝統芸能に興味を持ち日本語も流暢に話すほどでした。それが高じて日本に進出しました。日本支店の支店長には現地である日本で競合メーカの日本人社員をヘッドハンティングし採用しました。進出後は順調に業績を伸ばしました。しかし、3年目は売上げが芳しくなく日本進出は早すぎたとのことで撤退の話がフランス本社から出たのです。日本支店長は撤退されると失業してしまうので困りますので一計を案じました。売上げが伸び悩んでいるのは宣伝が不足しているからとフランス本国に撤退を考え直すよう促したのです。宣伝広告に費用はつきものですが撤退するにも費用が発生するので、ここは一度宣伝にかけてみようと本社は判断しました。雑誌への宣伝は功を奏して売上げは伸びましたので撤退は回避されたのです。日本支店長は安堵しました。しかし、その1年後売り上げはまた頭打ちになり、また撤退の話が持ち上がりました。日本支店長の今度の考えはこうでした。需要はあるのだが店舗が都心から離れたところにあるため客足が遠のいている。都心に出店すれば売り上げ増を見込めるというものでした。この時もフランス本部を説得することができ撤退の話は収まりました。しかし、その1年後また売上げの伸び悩みました。3度目の撤退の話です。しかし、この時も支店長は何とか本部を説得し撤退は回避することができました。日本支店長はここでも首をつなげました。3度目の施策も功を奏し売上げを伸ばしました。
 撤退の話が出るたびに売上げを伸ばす回避策を打ち出したものの利益という点では貢献していませんでした。もちろん日本にある程度ブランドが定着するまで利益には目をつぶるという考えでもあったそうです。さて、その1年後、毎年恒例になった感のある撤退の話がまた出ました。今度ばかりは日本人支店長はよいアイデアが浮かびませんでした。しかし、撤退するとなると職を失うわけですから必死です。ちょっと焦った支店長はこう言いました。「今まで私は売上を伸ばす提案を2度してうまくいったではありませんか。今は具体的な提案というのはないが、少し待っては頂けないか。日本には『2度あることは3度ある』という諺があります。」
 フランス人社長は日本支店長に対してこう言いました。
「支店長、あなたは売上を伸ばすことでは貢献したことは認めよう。しかし、利益がそれについてきていない。利益はブランドが浸透してからという方針だったがそれでも赤字額が大き過ぎる。」
 社長のこの言葉に支店長も言葉を失いました。しかし、社長はさらに追い討ちをかけるようにこう続けたのです。
「さて、それにさっき言った『2度あることは3度ある』というその諺だが使い方が間違っているのではないか。たしかそれは良いことではなくどちらかというと悪いことに使う諺ではなかったか?」
「社長。確かにそうですね。その諺は悪いことが続く時に使います。」
「使い方の間違いはまあいいだろう。それよりお前はその諺を出すきっかけになった回数を間違えている。撤退の話が出たのは今度で4度目だ。だから私は過去3度了解したということだ。だから日本の諺で言えば『仏の顔も3度まで』ということだ。」

  1. 2011/10/03(月) 00:01:48|
  2. 創作小噺
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

創作小噺「見当違い」 (日本とアメリカの笑いについて)

 日本で放送されているアメリカのコメディ番組を観たり、日本のテレビに出演しているアメリカ人タレントを見ると日本の笑いとはちょっと違うなあと感じることがあります。その違いを表現するのは難しいですが、日本の笑いはアメリカほど直線的、直接的ではない気がします。今でこそアメリカの笑いはテレビ、映画などで日本に入ってきますが、昔はそれもありませんでした。きっと昔の方が日本とアメリカの笑いの差が大きかったことでしょう。その理由は文化の違いなのでしょうが、あえてあげるとすれば日本の落語に対してアメリカのジョークがあるように思います。
 アメリカは多人種、多宗教の国です。だから人と話す話題には気をつけなければいけないわけです。例えばドイツ系アメリカ人がユダヤ系アメリカ人に対してホロコーストの話を始めたとしたら取っ組み合いの喧嘩になりかねません。初対面同士、どんな相手でもある程度話が通じ、そして打ち解けるのがジョークです。ジョークの文化は少なくともアメリカでは必要から生まれたものです。
 それに対し日本の落語ですが、これは話の内容ももちろんですがその語り口が重要視されます。もちろん落語家というプロが行うのもあるでしょうが、やはり一般の日本人も影響されていると言えると思います。ジョークは結論までが短いのに対して落語は長いです。これも国民性の違いに影響を与えているように思います。

 さてこれからするのは私の知人の話です。武道全般に造詣が深い知人がいるのですが、彼には剣道を時折するアメリカ人がいたそうです。彼の名前を仮にケントとします。ケントは外資系の会社に勤めていました。本国で採用されたのですが日本へ転勤になったとのことでした。日本に住んですっかり日本が気に入ってしまい、日本文化にも興味を持つようになり落語を研究し剣道をするようになりました。ケントは明るいアメリカ人でよくジョークを言うのですが、知人の方はいつも軽く受け流していました。ケントは剣道の相手をしてもらうのは感謝していましたが、ジョークを受け流されるのがちょっと不満だったそうです。2人は月に何度か道場に通って剣道の練習をしていたそうです。
 ところでケントの剣道の構えですがちょっと変わっていました。一般的な構えは竹刀を相手の胸に向ける中段の構えで、攻撃する時には竹刀を振り被るわけです。ケントの構えは最初から竹刀を振り被ったままの上段の構えでした。攻撃するたびに振り被らなくて良い上段の構えはアメリカ人のケントにとって合理的に思えたらしいのです。ただ、この構えは実際はかなり強い人しかしません。振り被ったままだと胴が空いていいて無防備だからです。ケントは稽古をつけてもらう身ですから当たり前なのですが殆ど知人に負けていたそうです。

 さて先月2人は小さな剣道の大会に出場することになりました。1回戦をともに勝ち抜いたのですが抽選で運悪く2回戦で対戦することになったそうです。さてその2回戦の試合ですがいつもの道場の練習とは違っていました。試合開始後ケントはいつものように竹刀を振り被り上段の構えをしたのですが、その竹刀をおもむろに降ろして中段の構えを取ったのです。対戦相手の知人はビックリしてケントが何か企んでいると思ったそうです。知人は面の向こうのケントの表情を読み取ろうとしました。しかし、読み取る間もなく、ケントに小手を決められ1本取られました。いつも上段の構えのケントは小手を狙うことが無かっただけに知人は不意を突かれたのです。知人は先に1本取られ少し動揺しました。上段の構えは竹刀を振り被っているので胴ががら空きなので、ケントにはよく胴を決めていたのですが今日は中段の構えですからそうも行きません。どうしようか、そんな邪念が入ってしまい、気を取られているうちにケントに面を決められて負けてしまったのです。練習でもあまり負けない知人でしたが今日はケントにしてやられてしまったのです。

 3回戦に進んだケントですが中段の構えという知人に対しての奇策が通用しない相手でしたから、あっけなく負けてしまいました。それを見届けた知人は引き上げてきたケントに声をかけました。
「ケント、おつかれ様。俺に勝った勢いのまま勝ち進んで欲しかったんだが残念だよ。それにしても、今日はどうしていつもと違う中段の構えをしたんだ?」
 すると、ケントはこう言ったそうです。
「いや、なんというか俺はずっと見当違いをしていることに昨日の夜にふと気づいたんだ。お前にはいつもジョークを言っているがさっぱり通じない。だからジョーダンも通じないんだと。」

「ケント、お前さん落語の研究が進んでいるようだな。」
  1. 2011/10/01(土) 00:22:12|
  2. 創作小噺
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

創作小噺

 若い頃というのは外に目が向きがちです。例えば外国などです。でも年齢を重ねると母国に目が行く。そんな誰しもが経験するであろう過程を私も通りました。それは江戸の粋に惹かれたのが始まりでした。江戸の粋は現在では無くなってしまいましたが古典落語の世界では時折出てきます。そんな理由もあって落語に惹かれたのですが、落語の衰退を悲しむ結果になりました。落語が何故衰退したのかはいろんな理由があります。ここではそれらの理由は割愛しますが、根本理由として話が主に江戸時代のことなので聞いているほうは説明抜きには意味がわからないというのがあります。それでは現代の話をすればよいではないでしょうか。まさにそうです。説明の必要が無い新作落語をもっと取り入れれば根本原因は解決できます。桂三枝などは何百という新作を行っていると聞きます。私は落語はしませんが落語は好きです。落語を作ってみようかとは思ったりしますが、そんな簡単なものではありません。ただ落語とは違いますが良く出来た話というのは本当に好きです。例えばお笑い芸人が「この間こんなことがあって...」と話すような内容のものです。彼らはプロですから必ず落ちはあります。これらの話は基本的には事実なのでしょうが、これを創作し落語のエッセンスを入れれば面白いものが出来るかもしれないと思ったのです。本当はお笑い芸人のように「この間こんなことがあって...」と喋るほうが面白みが伝わるものなんですが取りあえずはブログにアップすることにしました。




創作小噺
  1. 2011/09/30(金) 23:58:06|
  2. 創作小噺
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

プロフィール

ハチャ

Author:ハチャ
アーティスティックなものが好きな私です。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する