ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

柴田南雄 生誕100年

 日曜日の夜のN響アワーを観たのですが、柴田南雄の生誕100年のコンサートの模様を放映していました。実は初めて聞く名前でした。どうも、武満徹と同時代だったらしく、同じ年に没っしたとのことです。そのせいもあり、知名度が低いのでしょう。
 作曲家とは別に民謡、民族芸能の記録体系化という音楽学者の顔を持っていたようです。作風はロマン主義、前衛、日本の民謡、民族芸能に根差したものと変わったようです。日本では音楽界の知の巨人と言われており、「知識が広く、何を聞いても分からないことが無かった。」と柴田を知る人が語っていました。
 日本では自分の感覚を捉えて感覚的な音楽作品にしていく作曲家が割合としては多く、その代表的なのが武満徹とのことです。柴田南雄の場合は一つの世界観を作って、音楽を作り込んでいく感じです。即興を指定する局面もあるようです。学者肌と言う意味ではブーレーズを思い出しました。

コンサートの演目は以下の3曲でした。

・ディアフォニア
→奏者の即興もある。例えば第1バイオリン内で全員が即興を行う指定がある。

・追分節考
→追分節の旋律を素材として予め20前後(?)用意されている。合唱者はステージのほか、通路も歩きながら歌う。素材の選択とタイミングを指揮者は団扇に描いた文字で歌い手に指示つつ、曲を即興的に構成する。指揮者は予めプランを練ってはいけないらしい。

・交響曲 ゆく河の流れは絶えずして
→8楽章まであります。
1楽章:現代のスタイル
2楽章:バロック風
3楽章:ロマン派
4楽章:後期ロマン派
5楽章:現代音楽
6楽章:合唱(テキストは方丈記を使用)
7楽章:同上
8楽章:同上 最後に第1楽章の主題が回帰。

 聴くと西洋の色んな時代の作曲家の要素が聴き取れるのですが、それは作曲家のパッチワークにはなっていないです。実に素晴らしいものでした。

 ディアフォニア、追分節考も良かったです。不思議なのは初めて聴くのにしっくりくることです。時折、体がゾクゾクしました。理詰めで音を積み上げているのでしょう。池辺晋一郎が柴田南雄著の「西洋音楽史 印象派以後」を持って
「現代音楽の作曲法の話で、特にバルトークの分析は素晴らしい。美術の黄金分割を音楽に持ち込んで説明している。買った当時は目から鱗でした。これ新しく見えるけど、2冊目なんです。実は1冊目はボロボロになったので。」
一般の人より専門家に有名だったようです。それにしても、こんな凄い作曲家が無名なんてもったいない。

演奏:2016.11.07
放送:2017.02.12 NHK地デジ
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  1. 2017/02/13(月) 23:03:31|
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ダニール・トリフォノフ ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番

 先週の日曜日の深夜のNHK BSのクラシック番組を昨日観ました。ベルリンフィルのジルベスターなので予約をためらった(ラトルは好みではない)のですけど、念のために。
 週末に買ったシャツの背中にダーツが入っているのに気づかず、それを解く作業をしながら聴きました。聴いたことがあるピアノコンチェルト(ラフマニノフの3番)だけど、ずいぶん静かに弾いているなあ。そんな印象でした。演奏者を見ると無表情で眠っているかのように大人しく弾いています。でも、5分ほどで惹かれてきたのです。この段階で、どうやら大変な演奏らしいと気づきました。一旦、再生を止めて、解き作業を終わらせ、ちゃんと聴くことにしました。名前はダニール・トリフォノフ、まだ25歳。
 続きをそれなりの音量で聴くと、直ぐに、そのもの凄さがわかりました。25歳にして既に確りとした音楽観があります。よく、音楽で世界観を表現すると言います。演奏家が曲の演奏を超え、音楽世界を表現しているのですから、その時点で卓越レベルと言ってよいと思います。でも、トリフォノフはその世界観の中で弾いていました。観客に演奏者の世界観が届くのではなく、ホール全体がその世界になっていて、観客も演奏者もすっかりその中にいます。それはスケールと言うより、納得感です。隣の人に、「その中にいるよね?」と聞けば、「もちろん」と応えるでしょう。恐らく、トリフォノフもそんな感覚で弾いているのだと思いました。世界観を作って、その中で演奏するのだと。だから、無表情でいられる。スポーツの世界などで、ゾーンに入った状態などと言われる、そんな状態に見えます。動的瞑想状態と言って良いかも知れません。
 一般に最上級の演奏家でさえ、一つの曲の中で良い部分、普通の部分があります。音楽家も人間ですから長いこと集中できるものではありません。しかるに、トリフォノフはほぼ、全編良いのです。「良い?」いや、「凄い」です。それはそうです。最初から最後までその世界に我々はいるのですから。いやはや、凄いピアニストが現れたものです。
期待して、臨む演奏会も、それはそれで良いですが、背後から大きな木槌で不意打ちされるのも、たまにはいいものです。

演奏:2016.12.31 ベルリン
放送:2017.01.30  NHKBS
  1. 2017/01/31(火) 13:18:38|
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ルドルフ・ブッフビンダーリサイタル

すみだトリフォニーホールにてルドルフ・ブッフビンダーのリサイタル。

ブッフビンダーは6年ほど前からファンです。生は初めて。2年前の来日公演ではモーツァルトピアノ協奏曲第20番を演奏していました。とにかく素晴らしい演奏家です。

この日の演目です。
バッハのイギリス組曲 第3番
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ 第21番「ワルトシュタイン」
シューベルトのピアノ・ソナタ 第21番

全般にタッチが柔らかく、そもそも聴いていて心地良いです。ただ、不思議なことに音量は小さくはないのです。時間が経過すると演奏を聴いている感覚が薄れてきます。彼には伝えたいもの、例えば情感などがあり、その手段としてピアノを使っているかのよう。曲を通してテーマが決まっているかのように最終楽章まで印象は統一されています。演奏もいろんなテクニックを使っているのですが、それを感じさせません。もちろん、それはテクニックも手段にすぎないから。
 クラシックと言うのは譜面があるわけですが、ジャズの即興演奏を聴いている感覚です。次の旋律はどう表現するのだろうとごく自然に期待してしまいます。こういうピアニストは貴重だと思います。
アンコール終了後は観客の半数ほどがスタンディング・オベーション。語り草になるようなコンサートになるのではなかろうか。

2016.03.04 すみだトリフォニーホール
使用ピアノ:スタインウェイ
  1. 2016/03/05(土) 21:28:08|
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ブラームス 交響曲第2番 エド・デ・ワールト

作曲家を自分たちのレベルに引き下げてはいけない、私たちが作曲家のレベルに立ちその意図を理解すべき。(指揮者 エド・デ・ワールト)
 昨日放送のN響アワーを今朝、洗濯機から洗濯物を取り出しながら聴きました。すると、こんなことやってる場合じゃないだろうと耳を引っ張られました。別の表現するとながらで聴くパフォーマンスではない!どういうことだこの音は?曲はシューマンのマンフレッド序曲。指揮はエド・デ・ワールトです。この指揮者は時折、来日して割と好きな指揮者でした。放送でも2,3回聴いています。でも、生で聴いたことはありませんでした。でも、次回の来日の時は行こうと思いました。N響ってこんなに綺麗な音だった?と言うのが今回の印象です。涙が出るほど美しい音です。恐らくはそれが映える選曲だったから、今回気付いたのだと思います。後半はブラームスの交響曲第2番。この曲も美しかった。第1楽章の例のあの旋律で耐えきれず実際に泣きました。コンサート会場だったら号泣したかもしれないので、自宅で良かったのかも。さて、どうしてこれだけの音となるのか。気になったのでインタビューを見ました。以下、全文掲載します。ワールトはオーケストラビルダーと称されるようです。

 スコアに忠実であることが私の信条です。作曲家がスコアを書き終え「これが作品だ」と言った時点から、我々の仕事が始まるのです。どうすべきかは譜面に書かれておりスラーとあればスラーをつけて演奏します。演奏しやすいからと言って、音を切ったり強弱や長さを変えてはいけません。それは作曲家を自分たちのレベルに引き下げることです。私たちは作曲家のレベルに立ちその意図を理解しようと努めなければなりません。練習では抑揚の付け方、頭をそろえる、お互いによく聴くなど、基本に時間をかけます。指揮者のいちばん重要な仕事はスコアの中で何が大切かを決めることです。全てを伝えるのは100人が同時にドアを通り抜けるようなもので皆が踏みつぶされてしまいます。音楽がどう流れ発展していくのか、そのラインを聴き手に提示しながら、対旋律もはっきりと感じられるようにしなければなりません。それをやることが指揮者の醍醐味なのです。

演奏:2015.05.20 サントリーホール
放送:2015.07.19 NHK地デジ
  1. 2015/07/20(月) 09:00:38|
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パガニーニの主題による狂詩曲 ボリス・ベレゾフスキー

 先週録画したBSのクラシック番組でパガニーニの主題による狂詩曲を演っていたのですが、それを先ほど観ました。パリ管弦楽団を佐渡裕が振っていました。実際の演奏は2013年。ソリストはボリス・ベレゾフスキー。実は私が生で一番聴いているピアニストです。これはラフマニノフの曲でかなりの速弾きと高度なテクニックが要求されるので、聴く機会は限られます。私の一番のお気に入りはユジャ・ワン(2009年サントリーホール)のそれです。今回、初めてベレゾフスキーを聴いたのですが、とにかく驚きそして、(受けたので)笑いました。ポップスなどのテンポの良い曲で「裏打ち」、「裏を取る」ことがあります。クラシックではスコアが指定されてるので、「裏」はありえないのですが、裏を取っていると表現するしかない弾き方でした。もちろん、それはテンポ・ルバートなのですが、ほぼ全編で観衆の期待を裏切るように弾いていました。つまり、ここは遅く、強くなど曲の流れから大体自然に決まるものです。それを彼は最後までしなかったのです。それは驚異的です。だって、それをすれば受けるのに、それをしない。しかるに納得できる演奏だったのです。ベレゾフスキーのルバートに慣れてくると「ここはどう弾く?」なんて期待するようになりました。それで、彼はその都度、私の期待、予想を裏切るのです。それは今までの常識では考えられない弾き方です。何故そんな弾き方をする?遊んでいるのか?まあ、きっと半分はそうでしょう。つまり遊び心で。クラシックというのは同じ曲を繰り返しているわけで聴く方も、弾く方も飽きが来ます。個性を出すための手段としてのルバートなのですが、ベレゾフスキーはこれに遊び心を加えた。でも、これは誰でも出来ることではありません。超高速弾きのなせる技です。そう言えば、パリの観客の反応は今一つピンとこない感じだったのは残念でした。 我が家のライブラリー永久保存版入りです。

演奏:2013.06.05 サル・プレイエル(パリ)
放送:2015.07.13 NHK BS

  1. 2015/07/18(土) 08:20:16|
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マーラー交響曲第3番(テミルカーノフ:読売日響)

マーラーNo3テミルカーノフ
 読売日響でテミルカーノフは2年振りです。前回は池袋でしたが、今回は文京区春日。シビックホールは私自身初めてです。今日の演目はマーラーの交響曲第3番です。楽章は6つあります。児童合唱の「ビムバム」は第4楽章。
 さて、早速感想ですが、第1楽章は30分超えと長い楽章ですが、あまり良いとは感じられませんでした。正直少し寝てしまいました。帰る時、前を歩いていたオーケストラに所属していた風の若い女性二人も「最初は良くなかったけど、後半は良かった」と言ってました。リハーサルの時間は限られているわけで、どこに注力するかになるのは仕方ない気がします。第2楽章も悪くはなかったのですが、私は第3楽章からの印象が良かったです。漂うようなホルンが素晴らしかったです。もちろん、そういう印象にさせる弦の役割も大きいのです。「ツァラトゥストラはかく語りき」の詩を歌う声楽の第4楽章も悪くはなかったです。しかし、なんと言ってもこの曲はやはり合唱の入る第5楽章からです。私はビムバムが始まった途端にその清らかさに涙しました。その後2度ほど嗚咽を我慢。
 そして、最終楽章。この楽章は親しみやすい旋律は特になく聴く方も印象に残り難い気がします。だから演奏する側、特に指揮者の力量が問われます。これが満たされた時こそが、この楽章の魅力が出る時。曲の解釈や力量が伴っていない指揮者だと、恐らく呆気なく曲は終わってしまうのだと思います。私の中では、テミルカーノフ以外ではインバル位でないと満足できないです。さて、この楽章ですが、毎度この表現になってしまいますが音の織物です。
 テミルカーノフは第6楽章が進むにつれて縦横無尽に織り上げていきます。極彩色の糸で紡がれたタペストリーはコンサート会場の客を大きく囲むように天井まで一気に織り上げられます。その美しさ加減に我々の意識もここには無くなり心は天上へと導かれるかのよう。そして、私と言えば頬から顎に滴る涙。コンサート会場をくまなく埋めたタペストリーは曲の最後に解き放たれあっという間に落下し我々の体に無上の喜びと言う震えを残し通過します。
 終わった途端に我慢から解き放たれました。みんなはブラボーと言っていましたが、私は泣きじゃくり顔をハンカチで押さえてそれどころではありませんでした。久し振りに大泣きの演奏会でした。テミルカーノフと読売日響も長い故、結構な表現力となったと言うことでしょうか。それにしても物凄い第6楽章でした。
 テミルカーノフは本当に見事に音を積み上げます。テンポの上げ方のタイミングや音の重ねかたの加減など、見事に計算し尽くされています。細部まで見えているのはよくわかります。だから彼はコンサート会場のはるか上から指揮をしているかのようです。

2015.06.07 文京シビックホール
読売日響 テミルカーノフ
メゾソプラノ:小山由美
女声合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
  1. 2015/06/07(日) 21:15:51|
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アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル(2014年)

アンドラーシュ・シフ
 ソリストの目的とは何であろうか。ヴァイオリニストのサラ・チャンが指の動きを超えた音楽家が目標であるとインタビューで表現したのを覚えています。指揮者ではチェリビダッケが音楽の化身と言われ、フルトヴェングラーは音楽の上に立つ人と称されました。
 魅力的なピアニストはたくさんいます。テクニックを売り物にする演奏家はそれを求める聴衆には受けるでしょう。しかし、テクニックは演奏表現と言う目的の手段にすぎないと思っている人にはそれほど受けないものです。

 さて、アンドラーシュ・シフです。私には彼がピアノを弾いているのをあまり感じません。それは、彼の目的は音楽を奏でることで、その手段がピアノを弾くことだからだと思います。通常のピアノで表現できるレベルを遥かに超越しています。速弾き等のぱっと見、ぱっと聴きの違いがあるわけではありません。ピアノを弾くと言う手の動きは通常のピアニストと大きく違うわけではないのです。そして音の違いもそれほど感じません。しかし、音楽としての印象は他のピアニストとは歴然とした違いがあります。

 この事実には全く驚きました。スケール感、知的な感覚、耳ではなく心や魂に訴える表現。例えて言う波乱万丈な冒険小説、ひとり熱く語る舞台俳優、はたまた静かに朗読する吟遊詩人、そして、純粋な情緒そのもの。シフの奏でるピアノを「音」という言葉で表現することはできません。そう考えても音を超越しています。これはたまたま成ったのではないと思われます。つまり、計算され尽くしての純粋なる音楽表現。もし、そうだとしたらアンドラーシュ・シフには全く頭が下がります。素晴らしい芸術家です。

演奏:2014.03.19 東京オペラシティ
放送:2015.03.23 NHK BS Premium
ピアノ:ベーゼンドルファ
  1. 2015/03/24(火) 23:04:28|
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スペインの庭の夜(ファリャ) ユジャ・ワン

ユジャ・ファリャ
 久し振りのユジャ・ワンです。来日することに気付かずチケットを取り損ね、ヤフオクを狙っていたのですが、高額チケットになり諦めました。しかしながら運良くNHKで放送されたので観ることが出来ました。今では世界中の著名な音楽祭に引っ張りだこのユジャですが、また一段と魅力を増したようです。今回の演目はファリャのスペインの庭の夜、ラヴェルのピアノ協奏曲。
 デュトワによると今回の演目はファリャのスペインの庭の夜を演奏することを最初に決めたとのこと。それだけじゃ、観客もユジャも満足しないだろうからラヴェルも入れたとのことでした。スペインの庭の夜は聴かせどころがない地味な曲であると言うのもその理由の一つの様です。ラヴェルの協奏曲はユジャが14歳の時に日本での音楽コンクールで3位になった時に弾いた曲だそうで、それ以来だそうです。
 さて、ファリャのスペインの庭の夜ですが、やはり地味な曲です。それに引き換えユジャの衣装が大胆。胸の谷間を強調し背中から腰の上あたりまでを露出させた鮮やかな緑のドレス。しかし、衣装ではなく演奏の魅力が勝ってしまう。確かに聴かせどころは特段無いのですが、いつもながらルバートのかけ方は見事です。あと一段と速く弾けるようになったのか早いパッセージでの滑らかさが際立った所が何度かありました。強弱のアクセントの付け方、音の硬軟、立上がり、立下り、とにかくピアノで表現できるあらん限りを出して演奏されました。これでテクニックだけで終われば、直ぐに飽きられるのでしょうが、音の美しさが際立つ遅いフレーズでの表現力も抜群です。タイミングが見事なんですね。これも所謂ルバートです。
 ラヴェルのコンチェルトは色彩豊かな曲です。ユジャは所々透けた黄色い衣装に着替えての登場です。こちらはその曲調に合わせていろんな表現で魅せてくれました。ルバートも多彩でした。結局、速く弾けるからこそ速いフレーズでもルバートがかけられるのだと再認識。ジャズ風の箇所ではジャズっぽく弾いて、ジャズピアニストがやるように口で何かを発していました。こういう入り込み方というのは感心します。それくらい彼女は真剣なのだと言うことが見て取れます。今回、また2つほど新しい弾き方を見せてくれました。この人ほど多様な弾き方をする人を私は知りません。今度は生で。いや今回たまたま見逃しただけです。

演奏:2014.12.17 サントリーホール
放送:2015.03.08 NHK

  1. 2015/03/10(火) 23:24:32|
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