ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

ブーレーズの音

 先週図書館でモーツァルトのピアノ協奏曲第9番を借りました。宮崎国際音楽祭で小曽根真が弾いていたのはアドリブ(カデンツァではありません)であることを確認するためです。(3/5記事参照)
 結果は予想通りでした。さて、ついでに何とはなしに借りたのがブーレーズ指揮ベルリンフィル演奏のラヴェル作曲ダフニスとクロエ、同じくラ・ヴァルスです。メインのダフニスとクロエも良かったのですが、ラ・ヴァルスの音はショックでした。元々ブーレーズは私の好きな指揮者です。テレビ放送でパリ管弦楽団をいくつか聴いて好きになりました。気に入ったのが楽団のせいではないことは、同じパリ管のエッシェンバッハとは相性が合わないことから理解しました。

 さて、CDのライナーノーツでブーレーズのことを前衛的、分析的と表現していました。まさにそうです。クラシック音楽なのに前衛的というのは変な気がします。しかし、聞いているとそんな感じがします。分析的というのもそうです。分析は普通、その結果を表したり、反映するものですが、ブーレーズは音が分析的でした。音が明快、はっきりしているのはもちろんのこと音が裸になっていることが前衛的、分析的という言葉を彷彿させるのでしょう。
 クラシック音楽というのはその歴史から楽団固有の音、そして、楽団員にもその固有の音があるものですが、ブーレーズは人間個体に依存する音をできるだけ排除しているように思います。だから分析的に聴こえるのではないでしょうか。
 目指しているのは「裸で剥き出しの露わな音」みたいな気がします。ここで言っている音は無垢というのとは違います。視覚的に言えば目を背けたくなるような、赤裸々な感じです。
 指揮者というのは音楽を表現するためにいろんなアプローチをするものですが、ブーレーズのこのアプローチはうまく成功するか大失敗するかの危険な行為のように思います。このCDのセールス結果は知りませんがクラシック音楽におけるこのようなアプローチは称賛に値するものだと思います。ただし、これを聴くのはまず緊張し、興奮しますので少しばかり疲れます。ですから一般にはあまり受け入れられないでしょう。もちろん、昔から前衛はスタンダードにはならないのが宿命なのですから。それにしても凄い。無名の楽団でやるのならまだしも天下のベルリンフィルでやってしまうというのがブーレーズの凄さです。

スポンサーサイト
  1. 2007/05/09(水) 00:12:38|
  2. 音楽
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<三沢厚彦(アニマルズ+) | ホーム | ラ・フォル・ジュルネ(フォーレ レクイエム)>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://mwzelda.blog22.fc2.com/tb.php/222-66a95256
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

ハチャ

Author:ハチャ
アーティスティックなものが好きな私です。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する