ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

中川家、次長課長、友近の即興

 芸というのは練習の賜物である。練習していないことはしないから基本的には芸にアドリブはありません。毎回同じことを演じているのに観客はいつ見ても凄いなあと思うのは他人に真似できないレベルまで達しているわけで、そういうのが芸なのでしょう。
 漫才だって芸のうちです。横山やすし、西川きよしの漫才はかなりアドリブを入れているように見せながら、実のところほんのちょっとであったといいます。落語家により行われる笑点の大喜利は見た目は即興だがすべて台本の通り行われているらしいです。芸にアドリブがそぐわないのは結局その場で出た即興のレベルを観客が認めないからなのでしょう。しかし、先週の番組「アメトーク」で行われていた、中川家+次長課長+友近のアドリブは芸のレベルまで到達しているかもと考え込んでしまったのです。
 これは複数で行う妄想です。その妄想に即して会話を進めるというもの。この日は「本番前のテレビ局スタッフの仕事振り」、「閉店間際のスナック」、「街中でレポータを伴った撮影」、「車で家族旅行」などでした。そもそもこの妄想は中川家礼二と友近が本番前にやり始めたという。周りで見ている芸人仲間が面白いと言い始めて時折オンエアされることになりました。番組「検索ちゃん」で一度見たときは俳優が妻と2人で旅行番組に出演するという設定でした。これが物凄く面白かったのです。単に旅行をしているシチュエーションが観客に伝わるというだけではだめで、会話の内容がやはり重要なのです。その点、この2人は卓越していると思います。
 タブーに挑むということ。古くは落語家の三平。観客をいじり、アドリブを入れたり、それでも圧倒的な人気でした。今では太田光が芸人とは思えないほど、いろんなジャンルで歯に衣着せぬ物言いで挑んでいます。そして、中川家、次長課長、友近のアドリブは果たして人々に受け入れられるのでしょうか。
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  1. 2009/07/04(土) 21:35:32|
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