ハチャの深層

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ショスタコーヴィチ 交響曲第11番 (N響:デュトワ)

 素晴らしい演奏だったのは素晴らしい曲のせいではないか。シャルル・デュトワが指揮するベルリオーズの「ファウストの劫罰」(2006.4.10参照)、ストラヴィンスキーの「エディプス王」(2008.12.8参照)を観たときそんな自問自答をしたのです。私の答えとして、それもあるかもしれない。しかし、スケールの大きな曲を存分に表現できること自体が凄い。経験の浅い指揮者では表現するのが難しいのであれば、その曲のポテンシャルを生かし表現できることが技術ではないかと。
 デュトワは私の大好きな指揮者で去年の12月にN響定期公演が組まれていたので物色したのですが、その中で週末にR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」、ヤナーチェクの「グラゴル・ミサ曲」がありました。グラゴル・ミサ曲は興味を引いたのですがチケットはあっという間に完売。両方とも観ず終いでした。しかし、なんとかテレビ放送で観ることができたのですが結果的には行かなくてもよかったかなという感想でした。週末ではなかったので最初から候補に上らなかった12/16の公演の模様が先週末テレビ放送されていました。ショスタコーヴィチの交響曲第11番。そもそも評判の良い曲ですが実は初めて聴きました。
 この曲は「1905年」という副題がついてあります。これは1905年に起こったペテルブルク宮殿に向かって行進する無防備の民衆に対して軍が発砲したいわゆる「血の日曜日事件」をテーマにしています。
 最初から緩徐楽章で静かに始まります。結構長く静かなままですがこの日の演奏は荘厳さを感じました。その後もテーマからすると望みようもないですが派手さはなく、盛り上がるところも重いです。盛り上がると言ってもそれは軍の発砲の表現だったりでしょうし、そもそもテーマがテーマですから重いのも当然です。戦争映画の銃撃戦を観てかっこいいと思わず思ったあと不謹慎かなと自重してしまう感覚があります。それと同様に痛ましい事件を曲にする場合もそんな感覚が働くのも当然なのかもしれません。しかし、表現する指揮者は別です。デュトワの音は大変引き締まって、緊張感が大変張りつめていました。聴く側も緊張してしまいました。表現として緊張感というのは合っているのでしょう。事件は痛ましかったのでしょうが、それに対する怒りの感情を思いました。暴力のように外に向かうのとは違う、行き場を失って内に向かう怒り。それで緊張感がみなぎる。ショスタコーヴィチの表現力、もしくはデュトワの解釈でしょうか。なにしろ初めて聴いたものでその辺までの考察は今回は保留とします。それにしても久方ぶりに素晴らしい演奏を聴きました。大きな曲に依存していてもやっぱりデュトワは凄いものです。

2009.12.16 サントリーホール (2010.1.29放送)
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  1. 2010/02/03(水) 00:31:14|
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