ハチャの深層

ハチャ独自の視点で ワイン、食、音楽、アート等を レビュ 。 

庄司紗矢香の演奏

 演奏が終わった後、「上手くなったな」と思わずそう呟いた後に、いや表現力があがったと言うべきかなと自嘲気味に思い直しました。最初に彼女の演奏を聴いたのは5年ほど前のサントリーホールだったか。そのときは抑揚や感情、自身の解釈などあまり無い譜面通りのきっちりとした演奏だなとの印象だったように記憶しています。当時で17歳くらいでしょうか。年齢を加味しての印象でした。
 再度ここで冷静に考えてみたのです。そもそもパガニーニで史上最年少で優勝したのだから実力はあるはずなのです。そして、技術だけで優勝できるほどパガニーニのレベルは低くないはずです。何しろコンクールの格が下がらないように優勝者の該当無しという処置をすることもあるのです。だから、私が聴いた演奏はどれも調子が悪かったのではないか。もしくは大観衆を前にしての演奏に不慣れだったのだろうかなどと考えてしまったのです。つまりは最近の演奏こそが本来の姿なのかと。 それとも本当に成熟して表現力が高まったのでしょうか。そんなことを考えてしまうほど最近の庄司紗矢香の演奏は素晴らしく、堂々とし自信たっぷりの弾きっぷりである。以前より大きく見える。
 去年聴いたブラームス、今年聴いたチャイコフスキーともに観衆からは絶賛のブラボーであった。チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲はいろんな演奏家のを聴いたことがあるが、今回の庄司紗矢香の演奏でカデンツァが驚くほど長かった。誰のだろう。

 テレビの放送でペーター・ツインマーマンの演奏を聴いたことがある。たまたま同じ曲を10年の間隔を経て演奏していたのをある年に聴いた。昔の演奏の方が断然良かった。響きがぜんぜん違った。

 旬と言う言葉がある。多くは食材に関して使われるが時折、人にも使われる。恐らくは基本的にモチベーションが高いときに旬となるのだろう。モチベーションを維持するのは、鉄の意志を持ち合わせていない人にとっては何とか「飽き」を避けるということだろう。逆の表現をすれば、定期的に自分自身に新鮮さを注入する。

 諏訪内晶子が最近チャイコフスキーを弾かないのは彼女自身が言うように飽きを避けるためだろう。ツインマーマンも良かった頃のはまだその曲を演るのは新鮮さを持ち合わせていたのではないだろうか。

 庄司紗矢香はまだ飽きを知らない時期なのだろう。その曲というより表現方法が成熟して行くのは本人にとってとてもわくわくするものだろう。

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  1. 2006/05/08(月) 00:28:58|
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